救助に向かった人たちに 心の傷が

懸賞 2005年 05月 18日 懸賞

事故から1ヶ月が経過しました。尼崎の事故現場に仕事を投げ出して、
いちはやく駆けつけた近くの工場や卸売市場の人たちのもとへ、
全国から助け合いをたたえる声や感謝のメッセージが相次いでいるそうです。

そのとき、JR尼崎事故現場周辺の住民達は、救助にどう動いたのでしょうか。
救助活動にいちはやく駆けつけたのは
空調機「日本スピンドル製造」、
運送会社「栄運輸」、
尼崎市中央卸売市場の仲卸店、
自動車整備会社
尼崎市立大成中学校の先生や付近住民でした。


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この現場周辺は、大小の工場がある地域でした。
空調機の「日本スピンドル製造」(斉藤十内社長)では事故後、操業停止を決め、
従業員の150人に救助に向かうように声をかけました。横転した車両にはしごをかけ、
ドアをバールでこじ開けました。
ここでは、工場にある機器がとっさの役にたちました。
さらにトラックなどで約90人を病院へ搬送したのです。
現場は、さながら戦場のようで、救援にかけつけた多くの人々の掛け声が反響していました。

近くの運送会社「栄運輸」は大型トラックにシートを敷き、
白バイの先導で病院搬送しました。

電車が激突したマンションの向かいにある尼崎市中央卸売市場では、
水産部門の約60店ある仲卸店から従業員が飛び出しました。
保冷用の氷を砕き、タオルを運んだ。電車の座席を外して担架にしたが、
すぐに足りなくなったということです。

約百メートル西にある尼崎市立大成中学校では、事故を知った先生たちが毛布やブルーシート、包帯など、
学校にあったものすべてを持ってかけつけたということです。

けが人の応急処置をした近くの自動車整備会社にも事故後、負傷者らからお礼の電話が相次いでいます。

救助にかけつけたこれらの方々は、
「事故を知り手伝わずにはいられなかった。当たり前のことをしただけです」
「10年前の阪神大震災の時、みんなで助け合った記憶が残っていた」と話していたそうです。

しかし、こうした感謝の反響が相次ぐなか、現場で救助に走り回った人たちの中には、心の傷が表れはじめています。
事故の惨状が脳裏から離れない、
その時の光景が何度も思い浮かぶ、
その時の夢を繰り返し見る、
寝付きが悪い、ちょっとしたことに驚く、
という訴えもあるそうです。

あまりにも衝撃的な事故現場の中で救助に奔走なさった方々の精神的な傷みは、
誰でもが受ける心の傷だそうです。
一刻も早くご相談なさって、治癒、快方へ向かうよう願っております。


「平成17年4月25日(月)、午前9時18分頃、JR福知山線尼崎駅~塚口駅の間で発生した
列車脱線事故で亡くなられた方のご遺族の皆さん、乗客の皆さん、事故現場の周辺にお住まいの皆さん、
また今回の事故に関わっておられる皆さんに心よりお見舞い申し上げます。
このような大事故を経験することによって、心に様々な傷を受けられたことと思います。
尼崎市保健所及び各保健センターではこのような事故によって受けたトラウマ(心的外傷)や、
その結果として生じるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まれる方などを対象に、
心の健康問題についての相談に応じるための窓口を設置しています。
気になることや心配なことがあれば、お気軽に相談窓口や医療機関にご相談ください。
トラウマ:突然の衝撃的な出来事により受ける心の傷
PTSD(Post Traumatic Stress Disorder):トラウマを受けたことにより生じるストレス障害 」
( 尼崎市役所HPより転載)

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by hanehenID | 2005-05-18 12:12 | 災害は忘れたころに

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